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”ここは楽園 T's Island Photo Gallery” はこちらです
<撮影使用機材> ボディ:CANON EOS 5D Mark II  レンズ:EF70-200mm F2.8L IS II USM、EF24-70mm F4L IS USM、EXTENDER EF2×III  三脚:HUSKY ハスキー3段 #1003

”中年、プチ深夜特急”ー気ままな仏・伊の旅ー3 パリ 2011.10.13.thu [フランス、イタリアの旅]

15パリ 051.jpg

2010.7.1.thu

モーニングは6時から10時と聞いていた。
朝6時に起き、7時過ぎにモーニングをとろうとエレベータにいくと、電源が切られていた。
部屋の電話から直通#9でレセプション(reception)を呼んだら眠そうな女性の声で、
「10時からにしてくれ」と言う。
エレベータのことを説明しようとすると、
「What time is it!(今何時だと思ってんのよ!)」と怒鳴られたうえ電話を切きられた。
しかたなく、1時間ほど暇をつぶしていたが、廊下を歩いていてふと窓から下を見ると、玄関前のテラスに人がいる。
彼女は東洋系の長い髪で、テラスに並べられた白い丸テーブルの椅子に腰掛けパンをつまんでいた。
二階から呼びかけ、事情を言って、レセプションに誰かいるか見てもらおうとしたら、
「階段があるはずですよー」と言う。日本人だった。
廊下の突き当たりにある非常出口には、鍵がかかっていたので、
「非常階段は鍵がかかっているんですよ」といってみて、他に階段があるのかもしれないと思い、
「探してみます」といって引っ込んだ。
探したら、エレベータのとなりのドアから1階に下りる階段があった。
こんなことで1時間も暇をつぶしていた自分が可笑しかったが、ドアにはそんな表示はないし、フランスとはなんて不親切な国なんだと思った。
このとき、この国の外来者への対応を予感した気がした。
1階に降り、テラスの女性に礼をのべ(彼女は携帯電話で誰かと話をしていたが)、レセプション・クラークに「エレベータが動かない」と言うと、
「ホール!」という返事が事もなげに返ってきた。
点検中ということだろう。
浅黒く、髪の縮れた坊主頭の男はゆったりした物腰でこちらを覗い、ホテルとして設備の不具合を詫びる様子はいっこうにない。
2階のエレベータに”点検中”の表示でもあれば何でもないことなのに、エレベータが動かなければ階段を使うのが当然だろう、という態度だった。
それにしても、あの”#9レセプション”はいったいどこに繋がったのだろうか。
モーニングをとったあと、昨日レセプションの若いクラークに教えてもらったRER(高速郊外鉄道)の駅Goussanville(グーサンビル)にむかった。
「ホテルを出てレフト、ブリッジをくぐる、レフト」という案内は正しかった。
駅前には紙くずや空き缶がちらかり、西部劇の荒れ果てた町の情景と重なった。
窓口に並び、10枚セットのカルネを買った。
RERにはパリから郊外にはなれるにしたがって、ゾーン1からゾーン5まで料金エリアがあり、ここGoussanville(グーサンビル)はゾーン5で35ユーロだった。
窓口の太ったおばさんは私が英語で話すのが気に入らないらしく、不機嫌な表情で、さらに小銭を持ち合わせていなかったので、大きな声で何かまくしたてた。
「ちゃんと小銭を用意しとかなきゃだめじゃないの!」とでも言ったのだろうか?
フランス国鉄は殿様か?
切符を売ってやる、という感覚だろうか?
電車に乗って少しするとLes Noues(レ・ヌー)に停車した。
時刻表を見て、パリではなく郊外に向かっていることに気づき、あわてて次のLouvres(ルーヴル)で降りた。
反対側のホームに渡り、同じチケットを改札機に入れたら、エラーになった。
再度新しいチケットを入れると、今度は改札機が開きホームに入ることができた。
次の上り列車は15分ほどで来た。
パリへ来て初めての電車なので盗難を警戒し、二つのショルダー・バッグはたすきがけにした。
一つはパスポートやお金などの貴重品、もう一つはカメラ機材とノート・パソコンである。
パソコンはホテルに置いていてもいいのだが、セーフティ・ボックスがないので持ち出すことにした。
レセプション・クラークに、預かってくれと頼むと、部屋で大丈夫だと言われたが、このホテルの状況からして信頼できなかった。
乗客はおよそ半数が黒人で、アフリカ系移民が多いらしい。
Goussanville(グーサンビル)駅前では、アフリカ系やアラブ系のような民族衣装を纏った人々が往来していた。
フランスとは多民族国家なのだと今回はじめて知った。
RERは発車のベルはない。
そして降りるときは自分でボタンを押してドアを開けることになっている。

Gare du Nord(ガール・デュ・ノール=北駅)は大きな駅だった。
道を尋ねるとき、これを”ガール・デュ・ノード”と発音するとわかってもらえないようだ。
駅の構内にトイレがあったので行っておいた。
入り口に番台さんがいて料金を徴収する。
1ユーロをわたすと、50サンチーム(セント)のおつりが返ってきた。
こんな大きな駅なのにトイレはここだけのようだった。
キオスクで1.7ユーロの”Evian”(エビアン)を買い、駅の表にでた。
地図に一度目を通して、ガイドブックをバッグにしまった。
おのぼりさん=カモと見られるのを警戒したからだ。
街を歩いているうちに昼になった。
大通りに面したパン屋でサンドイッチを買い、店先のテーブルで持参した”Evian”とともに昼食をとった。
食べながら通りを眺めていると、昼食の時間帯ということもあり、老若男女小脇に抱えたバゲットをつまみ、ペットボトルの水で飲み下しながら歩いている。
ガイドブックには「食事中絶対音を立ててはいけない」と書いてあったが、この行儀の悪さは何なのだろう。
しかし、白人女性は美人が目につく。
フランス人形とはやはり美女の象徴なのかもしれない。
スリムなのに胸は大きく、皆谷間を誇らしげにのぞかせて闊歩している。
あの欧米人特有の、鉛筆にドラム缶を載せたような中年の体型には、どの時点でチェンジするのだろうか?などと、余計なことを考えてしまった。
こちらのサンドイッチは大きく、全部は食べきれなかった。
昼食の後とりあえずノートルダム大聖堂をめざして歩いた。
地図を頭に入れ、南へ南へと歩くが、いっこうに見えてこない。
通りには色とりどりのカフェがずらりと並んでいる。
歩行者は二人に一人ぐらいが歩きタバコで、歩いていると煙からのがれられない。
そして火がついたまま道端に投げ捨てるのが習慣のようだ。
歩道も車道も道はごみだらけだ。
ユニフォーム姿の清掃作業員がずっと掃除しているし、輪っかのスタンドに下げられたごみ袋が道路沿いに設置されているのにちっともきれいにならないのは不思議だ。
衛生観念は、30年ぐらい前の日本のよう。
ちょっとショックだったのは、物乞いをよく見かけたことだ。
日本では、ホームレスはいても、物乞いはほとんど見ることはない。
石畳に正座して、前に紙コップを置き哀しい顔をして何事か訴えている。
紙コップには1ユーロ未満の小銭しか入っていない。
もう北駅に戻ろうか思い始めたころ、やっとセーヌ川に出た。
マリー・アントワネットが投獄されていたという”コンシェルジュリー”を見つけた。
地図を見て、ノートルダム大聖堂はその東側に位置することを確認し、さらに歩いていくと、
ガイドブックの写真と同じものが見えてきた。
さすがに、「おお!」と声を上げたくなるような壮大さがあった。
大聖堂のまわりを公園側から右にまわりこみ、一周して帰路についた。
途中トイレに行きたくなり、あわてて小さなホテルに駆け込んだが、
「Go to cafe!」(カフェに行け!)と冷たく断られた。
適当なカフェに入り、コーヒーを注文してトイレを借りた。
コーヒーを飲んだあと北駅への道を尋ねると、英語のできる客がいてこころよく教えてくれた。
「そこの広い通りをまっすぐ右へ」
笑顔で「メルスィー」と礼を言って店を出た。
その親切が気持ちよかった。

北駅からRERでGoussanville(グーサンビル)に戻り、駅前のBARに入った。
ここならホテルに近いから、ビールを飲んでも大丈夫だ。
カウンターで天井から下げられたテレビを見ながらビールを飲んだ。
よく冷えた生ビールだった。
テレビではサッカーのワールドカップを放送していた。
店は開放的な造りで戸が開け放たれ、中にいてもオープンスペースのような雰囲気だった。
40代くらいの細面で金髪の女性がひとり店の中を外をと忙しく立ち働いていた。
白い薄手のカッター・シャツにジーンズというさっぱりした格好だ。
ビールを2杯飲んだあと、勘定をしておつりの中から50サンチームをチップとして渡すと、
「メルスィー」と素敵な笑顔を見せてくれた。
朝、ホテルを出るとき、枕元に1ユーロのチップを置いていたら、心なしか部屋の中が昨日
よりていねいに掃除されているような気がした。
切れていたバスルームのティッシュもちゃんと補充されていた。

パリの街は北駅前近くの大通りを除いて、ほとんど公衆トイレというものがない。
そのかわりカフェは掃いて捨てるほど通りに並んでいて、トイレに行きたくなったら金を出して
用を足せということのようだ。
しかし、カフェでビールを飲んでいる人たちがいるが、あれだとカフェをハシゴすることになりいつまでたっても家に帰り着けないのではないかと、余計な心配をしてしまう。
それと、<自分のことは自分で責任を持て>という考え方が根底にあるのではないか。
そう考えると、すべてのことがその基準の上に行われているのではないかと思えた。
フランスに来たらフランス語を喋れ。
切符を買うときはちゃんと小銭を用意しろ。(地下鉄=メトロの券売機は紙幣が使えない)
エレベータが使えなかったら他の手段を考えろ。
ホテルでは小銭への両替を用意していないと言われたこと。
トイレも自分の責任だから、公共では用意しない。
発音のせいもあるだろうが、道を尋ねてもほとんど手を横に振って、教えてくれない。
”いちいち他人に頼るな”という考えがあるのだろう。
そうか、「すべて自分の責任で行え」と。
そう考えると、すべてのことが理解できる気がした。
ある意味”大人の国”といえる。
また、”不親切な国”、”冷たい国”、そして”不愉快な国”とも言える。
それにくらべると、日本は手取り足取り、なんて親切な国なのだろうと思ってしまう。
私はパリではトイレ恐怖症になったものだ。

あさって、7月3日土曜日は南仏へ向かうつもりだ。
リヨンあたりで1泊か2泊、プロヴァンスで3泊か4泊、余裕があればバルセロナに2泊か・・・



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beachboy

あんぱんちーさんご訪問ありがとうございます。
by beachboy (2011-10-14 17:39) 

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